読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ほんのり明るい

日常に、ちょっといいこと見つけよう。影があるから光があるよ。

飽きた!

仕事は好きだし、それなりにうまくいってはいるのに、気分が晴れない日が多いのです。

気の合わない部下がいるから?
苦手な分野も担当しているから?
業界の先行きが不安定だから?
自分のスキルに自信がないから?

どれも間違いではないのですが、この程度のマイナスはいつだって抱えながら働いてきたので、どれも決定的な理由ではなさそうです。
なんでこんなに気持ちが沈むんだろうと考えていたところ、今日は「あれ?今は楽しい!」という気持ちが戻ってきました。
それは、社外での打ち合わせでした。

あ、私は日常に飽きていたんだ!とようやく腑に落ちました。
二十年以上も同じ業界にいて、途中で関連会社に移籍したものの、どのみち狭い世界です。
その上ごく少人数の相手(しかも苦手なタイプ)と毎日顔をつきあわせているのですから、飽きても不思議はないというものです。

自分が気持ち良く過ごせるようになるために考えられる方法は、
・仕事では外出を増やす
・仕事以外に打ち込めるものを見つける
・仕事以外の人間関係を広げる
・転職する
こんなところでしょうか。

プライベートの充実は言わずもがなとしても、仕事に費やす時間は一日の約3分の1。内勤なので外出を増やすのは現実には難しいし、転職も視野に入れようかな、と思い始めました。少なくとも、この職場からいつ自分がいなくなっても大丈夫なように準備をしておくのは、現状の仕事の効率化にもなりそうです。
明日から、そっち方向で頑張ってみよう。

知的刺激の夜

庶民的な居酒屋にて、知的でリッチな方々と飲む機会に恵まれました。仕事上の知人たちです。

バカな話もするのだけれど、なんというか、大人はいいね、という感じ。妬まない、陰口はたたかない、前向き、下ネタなし。趣味の話で盛り上がり、良いお酒でした。

多少の緊張感は保って過ごしたつもりですが、気持ちがのびのびとして、良い刺激を受けました。お金持ちが意地悪だなんて、昔の少女マンガの世界だけのこと。現実のリッチな方々は上品で、余裕があります。
あんなふうに年を取りたいなぁ、と思いますが、我が身を振り返れば日々の生活に追われ、余裕はいったいどこに?

なお、自分が一番年下で、お勘定は受け取ってもらえないだろうと予測できたので、手土産を持参しました。たぶん正解。

いま欲しいものは

チューリップを10本ほど。色はピンクがいいな。アンジェリークという品種ー花びらの縁がちょっとフリルになっているーだと、なおいい。

ほどよく体に沿う、すっきりしたワンピース。黒とか紺で、ジャケットと合わせてクールに決められそうなタイプ。スタイルが良く見えるような気がする。あくまで当社比だけど。

美しい食器。物を減らしたくて、ここ何年か趣味的な器は買っていない。食洗機と相性が良い実用的なものばかりを使っている。でも本当は、凝った器も好きなのだ。ダンスクの水玉のガラスボウルが気になっている。

専門家なら、欲しいものから私の精神状態がわかったりするのかな。

荒れた気持ちから抜け出す方法

f:id:tamana50:20170411003103j:plain
今日の気分ははげちょろけの芝生みたいでした。
踏みつけられて、雑草に侵食されて、なんだか荒れていたのです。
でも、深呼吸して周りを見回してみたら、きれいな花びらも落ちているし、他の草の緑だって案外悪くない。小石も心配そうにこっちを見てくれている。天気もいいしね。これから、根も葉も少しずつ伸ばしてゆけばいいよ。

実際のところは、本屋や花屋(どちらも好きな場所)に立ち寄ったり、たまたま出会ったセルフマネジメントについてのムックをパラパラめくったりして、気持ちの方向を変えたのです。

この方法がいつもうまく行くとは限りませんが、周囲の人や物事にどう反応するかは自分でコントロールできることです。イライラする時間とエネルギーがあったら、自分の気持ちを定位置に戻してくれるような楽しいことに使いたいと思います。
だって私は、おだやかにほがらかに暮らしたいのですから。

人はなぜ花見をするのだろう

f:id:tamana50:20170407211906j:plain
桜が咲けば、お花見。

犬や猫が桜を見てうっとりしているというのは聞いたことがないから、花の美しさを愛でるのは「人」の心なんだろう。木の下で酔っぱらってるオジサンも、少なくとも一度は花の美しさに惹き付けられたのだと思いたい(性善説をとりましょう)。

一方で、春に屋外で飲食したくなるのは、「いきもの」の部分ではないだろうか。動物も植物も殖えて、獲物が手に入りやすくなり、活動的になる季節。
やわらかな新芽をかじったり、狩りをしたりするかわりに、現代人は桜を眺めてお酒を飲むのかも。

花を始末する

f:id:tamana50:20170404003640j:plain飾っていた花を片付ける時は、なんだか少ししんみりする。
散った花びらと一緒に新聞紙で包んで…その後は生ゴミになってしまう。さっき捨てた菜の花は、茎や葉はまだしっかり生きていたのに。
でも、コップの中でいつまでも元気なわけもなく、葉っぱまでしおれてゆくのを見るのも残酷な気がする。
結局どこかのタイミングで思いきって始末するのだけれど、断ち切れない思いを無理やりあきらめる時とちょっと似ているような。
でも、次に花を買う時には、捨てる日の切なさなど思い出さず、うれしい気持ちで受け入れてしまう。そんなところも、人への思いと似ているかもしれない。

イエスマンを超えてゆけ

ボスの考え通りに動く人はイエスマンと批判されがちだけれど、私は必ずしも悪くないと思っています。理解し、共感し、自分の意思でついてゆくのであれば。
ただ、ついてゆくだけではつまらないし、もったいないな、とも思います。どれほど優れた人でも、全能ということはあり得ません。ボスと同じ方向へ進みながら、ボスとは違う視点も持てる部下ならば、イエスマンの域を越えて、ボスのパワーを拡張できるでしょう。
また、器の大きなボスならば、手足ではなく、もうひとつの脳みそになるような部下を選ぶと思うのです。